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学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und ihrer Mitglieder

わからない Ich verstehe das nicht.

読売新聞、2019年5月17日付、いじめ防止法改正難航ー教員懲戒規定めぐり、を読んだ。

いじめを放置した教員を懲戒処分とする規定案について、これを盛り込むべきだとするいじめ被害者側などの立場と、いじめかどうか曖昧のケースでも教員が処分されかねないからといった理由で削除すべきだという立場との衝突が見られるという報道である。

いじめとは何かという定義そのものの問題もさることながら、いじめの起こったことが教員に帰属される、つまり教員が原因でいじめが起こったと言うのであれば話は別だが、「いじめを放置」したことが何故に懲戒の事由になるのだろうか。さっぱりわからない。

教員の職務は、学校教育法第37条にあるように、児童の教育を司ることである。それは免許状にある教科を中心とした授業を担うこと、その上で必要な生徒指導等に携わることであって、子どもの生活全般をカバーするものではおよそない。

多くの子どもが集められる学校では、様々な葛藤や衝突、その延長としてのいじめが充分に起こりうるから、そうした軋轢ができるだけ生じないように、学校として努力することは首肯できるだろう。けれど、それはあくまでもプラスアルファの尽力ともいうべきであり、これをしないことが職務怠慢や服務違反になるわけではまったくない。

そもそも、いじめ問題が起こることで労働時間が増え、健康障害の危険性を高められるのは教員であって、この点で教員は既に被害者である。なのに、なぜ教員が批判の対象になるのだろうか。わからない。

世の中には様々な問題が起こるけれど、その責任を私たちは社会の構成員として引き受けているだろうか。たとえば、重大な犯罪が起こった場合、どうしてその人の変調に気づかなかったのかと近隣の住民が批判されるようなことがあるだろうか。あるいは、路上で物乞いをする人を、見て見ぬふりして通り過ぎる人はなぜ糾弾されないのだろうか。

学校で起こることは全て教員の責任、といった何となくの前提が、記事のような乱暴な意見に繋がっているのではないだろうか。私はこのように考えるけれど、こう考えること自体がおかしいのだろうか。誰か教示を願えないだろうか。

by walk41 | 2019-05-17 09:46 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)
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