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学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und ihrer Mitglieder

「何でも言い合えるクラスづくり」 eine Klasse, wo Schueler miteinander alles aeusseren koennen

小学校の校内研修を見学した。

主題は省くが、既存の教育的信条を問わない、つまり教員の「実践」が何ら変わらないだろうと思われる時間だったことが、とても残念だった。

たとえば、こんな発言があった。曰く、「何でも言い合えるクラスづくりが大切。」これを聞いた周りの教員の反応も「そう、そう」であった。さて、この方向での学級づくりはどれほど適切だろうか。

教授行動がいかに科学的か(再現性のある効果的な行動を導くことがいかに可能か)を追うことがどれほど意義あるかはさておき、「より良い教育」のための「実践」が日々行われているのだから、「何でも言えるクラスづくり」に向けた実践がいかに可能で、また教育-学習上、さらには教育目標上、効果的かを確かめなければならない。

まず、「何でも言い合える」のは児童たちであって、教員ではない。いわゆる子どもという限定つきながら他者をどれほど操作することが、ひとりの教員に可能だろうか。私などは、そもそも、言いたいことが特段会い」という状況があるだろうなとか、また、「言いたいことはあるけれど、ここでは控えるのがマナーだ」といった大人に近い子どもを想定してしまうのだけれど。

さらに、こうしたクラスづくりが可能だったとして、その効用は何なのだろう。教員じしん、学校管理職や同僚に言いたいことはあるけれど、互いの授業や学級の経営になかなか口を出さないのは、そうした発言を控えることが「心地よい」職場づくりにつながることを知っているからだろう。相互批判を厭わない風土は、組織の緊張を高め切磋琢磨になるかもしれないけれど、そんなことよりも「私の実践に口を出さないで」という相互不干渉な快適さの方が優位するのだ(このことは、大学教員にもいっそう当てはまることである)。

対して、当の教員は、こうした小学校業界ではきっと「どこからも批判の来ない」お喋りをすることで、自身の行動とその背景にある発想を問い返すことなく、変わらない日常を続けていくのだろう。この点で、意義のある研修とは私には思われない。

教員研修の主眼は、児童や生徒をどう操作するか(「働きかける」という業界用語)ということではない。操作できるのは、教員自身と教室の環境の一部である。ここを変えることでしか、別の「実践」を生み出すことはできない。こんな「子ども頼み」の話をして、その可能性も効果も不確かなことを、小学校で続けているとすれば、何という悲劇かと思う。この研修に投じられた人件費が無駄なこと、そして頼まれてもいないのに当てにされてしまっている児童が気の毒な点においてである。

教員のみなさんからの批判を待ちたい。

by walk41 | 2019-09-12 06:55 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)
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榊原禎宏のブログ(Yoshihiro Sakakibara Blog) 教育学の一分野、学校とその経営について考えます(um die Schule und ihre Verwaltung und Management)
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