人気ブログランキング |

学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und ihrer Mitglieder

カテゴリ:身体( 328 )

自問できる力 Macht, die man ueber sich fragen kann

東洋英和女学院院長だった深井智朗による研究不正事件は衝撃的である。なぜなら、①他者の研究を引用しているのにそのことを示さず、あたかも自分の文章かのように書くこと(盗作)にとどまらず、②実在しない人物およびその人物が記したという論文を作り上げ、同論文を引く格好で議論を展開しているという、実に込み入った捏造を行い、③疑義に対して誠実に対応せず、紙幅の制約上、注を削らざるを得なかった、人物名の綴りを誤ったなどと嘘を重ねたのみならず、研究不正と認められて懲戒解雇になってなお、「今回の調査結果については、真摯に受けとめ、速やかに必要な訂正や修正を行いたいと思います。」(2019.5.10)と捏造を認めたとはとても思われないコメントを出している。悪い意味で弩級の事案だろう。

関連するニュースをインターネットで探していたら、楓園(ふうえん)と題する同学院の学院報を見つけた。その85(2018.1.31)の「特集1」は、「深井智朗 院長就任」である(http://www.toyoeiwa.ac.jp/publications/pdf/fuen85.pdf)。

b0250023_20232166.png

院長就任に際しての挨拶の中で、私が注目したいのは、次の箇所だ。(「創設者から前院長に至る先人について-榊原補足)先生方の豊かな才能のすべてを捧げてこの学院に仕え、指導してこられました。しかし先生方はみな誰よりも謙虚で、献身的で、この学院とそこで学ぶ者、働く者に仕えてこられました。まさに神を愛し、隣人に仕えてこられたのです。私はこの職に就くにあたり、この精神を先生方から受け継ぎ、学院とここで学ぶ者、働く者のすべてに仕える者となり、「喜ぶ者とともに喜び、悲しむ者とともに悲しむ」者となることを神の前で約束したいと思います。」(p.2)

被告発者は自分のことを、仕える資格を持っているのだろうか、ともに喜び、悲しむことができるのか、と自問しなかったのだろうか。

この人物云々ではなく、人間というものを理解するのは容易ではないということを痛感させられる。そして、私自身が自問できるようにありたい、そうできる自分でいたい、と強く願う。


by walk41 | 2019-05-11 20:24 | 身体 | Comments(0)

知らないうちに作られる記憶 Gedächtnis, das ohne Absicht gemacht wird

人間の知覚と認知の不確かさに、いま関心を持っている。

アメリカのテレビドラマ、「ER 緊急救命室」のシーズン5、エピソード20(1999年)を観ていたら、次のセリフに出合った。

街が夜に停電、病院も電力を失う中、患者が何者かに襲われる。不審な男を見たという女性医師エリザベスが話すシーンだ。

「見かけた男をよく覚えてない。中肉中背でー、浅黒いのでラテン系か中東系か、なまりはなくて」そして次のセリフである。

「でも役に立ちたい一心で記憶を作っているのかも」(I’m just afraid that what I do remember I’m making up)

いかがだろうか。彼女は、思い出そうと頑張ることで、事実としてはなかったかもしれない事柄をそうだったのだと作り上げてしまう可能性に対して自覚的である。思い出せるはずだからと自分の頭の中から引き出される記憶が、本当のことではないかもしれないという危険性を踏まえている。

不審な男を彼女が見たのは、數十分前のこと。ほんの少し前のことなのに、間違いのない記憶を持っているわけではない、そして懸命になることでそう思ってしまいがちということに着目している、この作品の脚本の思慮深さを見る。

「見たんやから、間違いないって」と言った話が、ひょっとして本人の知らないうちに願望や思い込みを通じて作られたものであるかもしれないということ、「教育労働における記憶と記録」というテーマが立てられるのではないだろうか。



by walk41 | 2019-05-09 06:58 | 身体 | Comments(0)

繰り返しが記憶を強化する Wiederholen macht Gedächtnis stärker

授業の本題からはいささか外れるものだったが、前回の授業で重要なことを感想に書いてくれた学生がいたので、関連する資料を引いて、今回説明を試みた。

それは、記憶に関するもので、人は思うほど正確に記憶している訳ではないという調査研究を紹介しながら、教員の職務を鑑みるに、瞬間的な状況認識と意思決定、行為を連続して行っている教員の働き方にも示唆的ではないかと話したのだ。

すなわち、状況認識は過去の経験に照らして行われがちである。なぜなら、似たような経験がなければ、いったいこれはどういうことなのかの判断ができず、困惑してしまうからであり、これを避けるために、認識の短絡化(近道、shortcut)の手段として、過去の類似した経験を引き出す可能性が考えられるからだ。

たとえば、身体言語などはその一例だろう。ドイツの友人が日本のホームセンターの駐車場で手招きする警備員の様子を見て、「こっちに来るな。あっちに行け」の手振りかと思ったら、実はその反対だったというのは、指の動かし方とその意味が日本の通常と逆だからである(日本では、あっちへ行けの場合、手の甲から向こうに強く指を突き出すか、両手を使って×をつくる)。ゆっくり考える時間があるならば、判断する際の選択肢も広がるが、クルマを進めるか戻すかは、すぐに決めなければならないことが多いから、いきおい過去の経験を参照する。

同様のことは、教員の様子についても説明できるだろう。学生の感想にこうあった。「よく学校の先生が「前、言ったやろ」と言っていた。そう言われるたびに、怒り方が強くなっている様子に、小学校ときに感じていた。「そうだったっけ」と言い出せない空気を生み出す言葉だと感じた。」「言うことが日替わりでコロコロ変わっていた教員がいて、その先生に対する信頼を失った経験がある。」これは、教員が自分の記憶に自信を持っており、それを疑うことなく、児童の至らなさを叱責する様である。経験がもたらす負の側面-勘違い、思い込み、決めつけが、いたずらに学校を荒らしてしまう。経験を参照する機会が増えるほど、それは記憶として強化される、というモデルで考えるならば、「何回言ったらわかるんだ」も危ない物言いである。

繰り返すことで記憶が強化され、本当はどうだったのかがわからなくなる危険性を考えるとき、次の学生の指摘は鋭いと関心させられた。「教員は自分に自信を持ちすぎているから、あたかも自分の記憶は完璧であると思いがち。中学・高校では、教科担任制だから、他のクラスで言っていたことも、すべてのクラスに行っていたと思ってしまうのであろう。」この指摘、みなさんはいかが思われるだろうか。

by walk41 | 2019-05-07 15:39 | 身体 | Comments(0)

大変なラマダン muhlsam Ramadan

今年2019年は、5月5日から6月4日まで、イスラム教徒の断食、ラマダンが行われる。太陽が昇って沈むまでの間、食べ物と飲み物を口にしないというものだ。唾ですら飲み込んではいけないのだとか。厳しいなあ。もっとも例外は認められており、高齢者、妊婦、病人、旅行者、子どもなどが該当するが、学校に通う子どももラマダンをしていることが珍しくない。

さて、ドイツの教員向けニュースページ https://www.news4teachers.de/2019/04/ramadan-kinderaerzte-und-kinderschutzbund-warnen-vor-gesundheitsrisiken-fuer-schueler/ では、子ども保護の団体が教員向けの手引き書を発行。ラマダンへの対応について指南している。

教員に対しても手引き書

教員、その他教育職員、医師そして保護者に対して、ラマダンの健康上の危険性を示し、それぞれの責任を果たす上で知っておかなければならないこととして、子ども保護団体はこのテーマの手引き書を作成した。「とても重要なことは、関係者すべてがよいコミュニケーション関係をつくり、互いに理解することです」と団体の代表メンバー。「私たちの目的は、ラマダンに参加したい子どもたちが年齢にふさわしく、健康を害することなく行えることです。子どもの幸福と健康な成長が最終的にはもっとも重要なのですから。」子ども保護団体は手引き書で具体的にこう述べる。保護者は子どもや青年のラマダンの期間中、教員やその他教育者に、自分の子どもがラマダンであることを知らせるようにとアドバイスする。また反対に、子どもに健康上の問題が見つかった際には保護者が学校や学童保育所、スポーツ団体から知らされるべきとも述べている。このような場合、保護者と子どもは一緒に子どもの権利に即した解決方法を探すことが大事と、子ども保護団体は勧めている。たとえば、週末だけ、あるいは週の1日だけ断食をする、たとえば土曜日、あるいは数時間だけといったことが考えられると。


こんなニュースだけれど、とても興味深い。なぜって「リスクマネジメントとして、危険因子を取り除こう」とはなっていないからだ。宗教や家庭の考えを尊重した上で、なるべく危険なことを避けましょうという「大人の発想」を見る。諦めること、割り切ることの大切さが伝わる。みなさんはどう思われるだろうか。


以下、原文。

Handreichung (auch) für Lehrerinnen undLehrer

Um Lehrkräfte und andere pädagogischeFachkräfte, Ärztinnen und Ärzte, aber auch Eltern auf die gesundheitlichenRisiken des Fastens hinzuweisen und sie bei der Wahrnehmung ihrer Verantwortungzu unterstützen, hat der Kinderschutzbund eine Handreichung zum Themaentwickelt. „Ganz wichtig ist eine gute Kommunikation zwischen allenBeteiligten und gegenseitiges Verständnis“, so Ekin Deligöz, Vorstandsmitgliedim DKSB. „Unser Ziel ist es, dass Kinder, die fasten möchten, diesaltersgerecht und ohne ihre Gesundheit zu schädigen tun. Denn am Ende ist dasWohl des Kindes und sein gesundes Aufwachsen das Wichtigste.“

Im Umgang mit dem Ramadan-Fasten vonKindern und Jugendlichen empfiehlt der Kinderschutzbund konkreteHandlungsschritte. So rät er Eltern, die verantwortlichen Lehrer oder Erzieherdarüber zu informieren, dass ihre Kinder fasten. Andersherum sollten Elterninformiert werden, dass Bildungs- und Betreuungseinrichtungen wie Schulen undHorte oder auch Sportvereine verpflichtet sind, einzugreifen, wenn siegesundheitliche Einschränkungen erkennen. In solchen Fällen sei es sinnvoll,dass Eltern und Kinder gemeinsam nach einer kindgerechten Lösung suchen,empfiehlt der DKSB. Denkbar wäre etwa, dass das Kind nur am Wochenende fastet,oder nur an einem Tag in der Woche, zum Beispiel am Sonnabend, oder auch nur stundenweise.


by walk41 | 2019-05-01 12:42 | 身体 | Comments(3)

日本でも二択を越えつつあり auch in Japan ueberschreitet man mehr als nur zwei Auswahl beim Geschlecht

b0250023_23213361.png

ドイツで「3番目の性」が当たり前になりつつあることを以前に述べたけれど、日本でも同じような動きが見られることにちょっと驚いた。

あるWebサイトでの登録ページの画面だが、男性あるいは女性の欄の他に[「その他」があること、また「回答しない」という欄もあることを心強く思った次第だ。

by walk41 | 2019-04-08 23:25 | 身体 | Comments(0)

作られる記憶の可能性 Möglichkeit, die Erinnerung sich ergibt.

2歳長女への強姦で無罪、静岡
地裁「被害者の証言信用できず」

 当時12歳の長女に乱暴したなどとして、強姦と児童買春・ポルノ禁止法違反の罪に問われた男性被告の判決公判で、静岡地裁は28日、強姦罪について「唯一の直接証拠である被害者の証言は信用できない」として、無罪を言い渡した。

 判決によると、被告は2017年6月に自宅で当時12歳だった長女と無理やり性交したとして、昨年2月に起訴された。

 公判で検察側は、長女が約2年間にわたり、週3回の頻度で性交を強要されたと主張したが、伊東顕裁判長は、被告方が家族7人暮らしの上、狭小だったと指摘。「家族がひとりも被害者の声に気付かなかったというのはあまりに不自然、不合理」と退けた。(毎日新聞、2019.3.29)

————-

C.チャブリス・D.シモンズ(木村博江訳)『錯覚の科学』(文藝春秋、2011)を読んでいる。その一章が、記憶の錯覚と記された、作り出される記憶の話だ。

「もの忘れ」と、私たちは覚えたことを思い出せない場合について、まま話をするけれど、そこでは経験したことを覚えているという前提に立っている。けれども、実験心理学の立場をとるこの本では、私たちがいかに経験していないことを記憶し、それを反芻する過程で、あたかも実際にそうだったかのように思い込んでしまうという傾向のあることを明らかにしている。

上の裁判がもしこれに当てはまるのならば、少女の記憶と事実とのズレが起こった可能性を考えるべきとも導ける。彼女が嘘をついているのではなく、本当に起こったことだと記憶しているという説明である。

こんな観点から物事を見ると、「見たそのままやん」とか「火のないところに煙は立たない」といった言い回しが、いかに素朴でかつ罪深いかがわかるというものだろう。事実を的確に捉えることの難しさをいっそう感じる。


by walk41 | 2019-04-01 20:45 | 身体 | Comments(0)

グローバル化という葛藤 Konflikt mit der Globalisierung

b0250023_08403963.png

びっくりするニュースに接した。2019.3.27付けSpiegel Online http://www.spiegel.de/panorama/justiz/brunei-fuehrt-todesstrafe-fuer-gleichgeschlechtlichen-sex-ein-a-1259961.html、によると、厳しい保守的なイスラム国家として知られる、ボルネオ島北部に位置するブルネイでは、来週水曜日から施行される新憲法に、同性間のセックスに対する死刑が定められたという。

これまでも同行為は違法とされてきた同国だが、それが厳罰化の方向を取っているとSpiegel誌。また、万引きに対する罰則も強化され、初犯は右手を切断するとともに、繰り返し万引きを行った者には左足を切断することがある、と定められたとも報じている。

これに対して国際的人権団体アムネスティは「残酷で非人道的」、同性間のセックスは触法行為ではないと、即時の停止を求めている。

グローバルに物事を考えようとは言われるけれど、そこで生じる葛藤に私たちははたして耐えることができるだろうか。



by walk41 | 2019-03-28 08:54 | 身体 | Comments(0)

すみません Entschuldigung

銀行で手続きをした。その際、こちらの押印が弱かったことに書類を受け取ったあとで気づいた職員さんは、「大変申し訳ありません。もう一度押していただいてもよろしいでしょうか」と言われた。こちらの押し方が悪かったのにである。また、こちらがうっかり必要書類をひとつ忘れていたことに気づかず、そのまま書類を受け取ったことに対して、別途、職員さんが「すみません」を繰り返した。もちろん、いけないのはこちらなのだから、もう「すみません」のラリーである。

ドイツの大学の同僚も日本旅行で覚えた「すみません」という言い方、ある意味ですごい知恵なのだと思う。どちらが悪いかはさておき、まずは謝ることで相手を傷つけず、さらに交渉を円滑に進める上で、この言葉はとても重要だからだ。「すみません」と相手に言われて怒り出す人は、「謝って済んだら警察は要らん」とすごみかねないその筋の人くらいであって、たいていは落ち着いて対応するだろう。「謝ったもん勝ち」の方法ともいえる。

さらに注目すべきは、「すみません」から始めると、その後に続く言葉もおおむね丁寧になることである。「すみません、斯く斯くしてもらえますか」とは続いても、「すみません、斯く斯くやってもらわないとね」とはならないだろうからだ。つまり、「すみません」はそう言う自身を低姿勢へと方向づけ、相手に好戦的にならないという効果もある。このことは、教員が生徒を呼ぶ際に、呼び捨てをするとそれに続く言葉が乱暴になりがち(「山田、それあかんってゆうたやろ」、×「山田くん、それあかんって言ったよね」)という指摘にも通じるだろう(榊原禎宏「叱るときこそ丁寧に-教師の子ども呼称における賭け-」『教育実践研究紀要』12/225-229 2012年3月)。

かくして、「すみません」の往復運動が始まる。しかも、お辞儀をする身体表現も伴うから、この様子を初めて見た異なる文化圏の人にとっては、さぞかし興味深い光景だと思う。

by walk41 | 2019-03-18 14:53 | 身体 | Comments(0)

過剰では? exzessiv?

b0250023_16011314.jpeg


大型ショッピングモールにて。従業員へのメッセージだ。一礼とはいえ、目の前はトイレへの通路、ここまで求めなくてもとも思う。けれど、一事が万事と徹底したくなるのが、マネジメントというものだろうか。

In einem Shoppingmall, steht ein Zeichen für Mitarbeiter auf dem Boden, das sie sich hier beugen sollen. Das ist zwar eine Sitte für die Gäste, aber hier ist der Flur für die Toilette. Muß es nicht so streng sein, wie das? Jedoch kann das genauso Management sein.


by walk41 | 2019-02-22 16:08 | 身体 | Comments(0)

丁寧さはいかに身につくか Wie bekommt man das Verhalten um Höflichkeit?

b0250023_04333500.jpeg

配られたプリントをノートに貼るために、基礎学校の子どもがハサミを使っている場面です。おおらかな切り方だと思われませんか。

Um das Exsamplar, das im Unterricht zugestellt ist, auf das Heft aufzukleben, schneidet ein Schüler in der Grundschule das. Finden Sie dieses Verhalten großzügig?

by walk41 | 2018-09-22 04:45 | 身体 | Comments(0)



榊原禎宏のブログ(Yoshihiro Sakakibara Blog) 教育学の一分野、学校とその経営について考えます(um die Schule und ihre Verwaltung und Management)
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
さかきばら先生、 いつ..
by よなす at 00:05
よなすさんへ、いつもコメ..
by walk41 at 13:37
さかきばらせんせい、こん..
by よなす at 01:11
よなすさんへ コメ..
by walk41 at 09:40
さかきばら先生こんにちは..
by よなす at 03:01
よなすさんへ、コメントを..
by walk41 at 18:37
いつも興味深く拝読してい..
by よなす at 00:02
はじめまして、香菜子とい..
by 無力な教育者香菜子先生 at 13:53
お久しぶりです。お元気で..
by walk41 at 18:20
こんにちは。全くその通り..
by じゅくせんまさや at 15:08
メモ帳
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧