学校・教職員の現在と近未来-榊原禎宏のブログ

カテゴリ:身体( 302 )

面接と非言語

学生と非言語におけるメッセージ性について話をする。

そこでは、受信と発信のいずれについても、言語メッセージと比べて、①解釈の幅が広く、しかも時間的・空間的(時代的・地域的)にも異なる場合が多いこと、②その幅の広さは、相手の存在の有無(必ずしも、伝えたいメッセージとは限らない)にも該当すること、を述べた。が、この続きで、大学等の入試での面接の作法についてお喋りがあったのだ。

ある学生は、試験官(もう公務員ではないのに、なぜか「官」である。「スチュワーデス物語」(1983-84、TBS系列)の名残だろうか)のおでこを見て話をするようにと高校で指導を受けたといい、別の学生はしっかり相手の目を見てと、さらに別の学生は首の下辺りを見てと言われたと、バラバラである。

あるいは、試験室に入るときのノックの回数、入室するタイミング、荷物の置き方と、様々に高校で指導されてきたが、「あれって、結果に関係するんでしょうか」と学生に尋ねられる。「うーん、色々かも知れないけれど、直接は関係しないと言えるだろうね」と返すと、ちょっと不思議な顔をされた。そりゃそうだよね、非言語的にも好印象を得ようと頑張ったのに、関係ないなんて言われたら困るもの。

とまれ、大学にやってくるまでに、非言語的な経験を多くしている学生たち。それらを振り返りながら、教員としての言語的・非言語的なメッセージほか自身のそして他者の振る舞いについて考えること、ひいては「よりよい」マネジメントにつながるようになってほしいな。
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by walk41 | 2017-04-28 00:06 | 身体 | Comments(0)

深呼吸をしよう

怒りを抱えている人の身体は、固くこわばっている。腕を組み、目をキッと見開いて、足を踏ん張って、体中に力が入っている。

そんな時もあっていいけれど、あんまりやると身体が悲鳴をあげるよ。身体の力が抜けるように、深呼吸をしてみよう。腕を伸ばし大きく弧を描いて、肺に空気が入るのを感じてみよう。そうすれば、気持ちも少しは変わるんじゃないかな。

認知と感情が身体を形作ることもあるけれど、反対に身体が認知と感情に影響を及ぼすこともある。知らないうちに固まっている身体を解きほぐすこと、すると気持ちやものの見方が変わることを、私たちは既に経験しているのではないだろうか。

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by walk41 | 2017-04-19 18:35 | 身体 | Comments(0)

大変だなあ

お昼ご飯をカレー屋さんでと店に入ったら、トイレ近くで若い男性がうろうろしている。トイレに入る訳でもなくどうしたのかしらと思っていたら、トイレから出てきた壮年と思しき男性の関係者であることがわかった。

その男性はトイレ外の洗面台で手を洗い続けており、小さな洗面台から水が飛んでは床に落ちる、ビチャビチャになった床を同伴の男性が拭いていたのだ。小さな暖簾越しに見える壮年の男性は、手を洗っては備え付けの紙で手を拭き、手を拭いたと思ったらまた手洗いを始め、を繰り返していた。

私が入店してからでも15分くらいは、そうした動作を繰り返して、ようやく二人は席に着いた。そのあとで私もトイレに入ったが、その中と外のいずれのごみ箱も、拭かれた紙であふれており、床もしっかり濡れていた。おそらくは先の男性が使ったからだろう。

強迫性障害、強迫神経症(obsessive compulsive disorder)とも言われる事例の背景と改善方策は諸所あるようだが、本人と回りの人は大変だなあと思う。まったく拘らないのも問題だろうが、過度なのもまた問題になる。ほどほどであることの難しさを感じる。
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by walk41 | 2017-04-14 08:17 | 身体 | Comments(0)

試してみました

少し前のブログにて、体組成計の謎について書いた。再びトレーニングセンターに行くことがあったので、ちょっと試してみたのだ。年齢を初期設定の30歳のままにして、身長を入力して計測した。

どうなったと思いますか。年齢は34歳、実年齢より結構若いでしょ。えへん。驚いたのは体脂肪率が、正しく年齢を入れたときの80%位で示されたことだ。若い人の方が体脂肪率が低いと想定されているならば、この結果は逆の傾向を示すことになるんだけどなぁ。不思議。くわえて、基礎代謝の値もより高く出たよ。どうしてかな。

ともあれ、正しく年齢を入れた方が正確な値なのか、そうではないのか、まだ分からずじまい、詳しい方、ぜひ教えてください。

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by walk41 | 2017-04-12 17:22 | 身体 | Comments(0)

体組成計の謎

久しぶりにトレーニングセンターに行き、汗を流した。

その終わりに、置かれていた体組成計に乗ったのだが、体年齢のことがとても不思議だ。実年齢よりは数歳、若く出たのだけれど、これは実年齢の入力を偽った場合でもこうなるのかしら、という疑問だ。メーカーも目安に過ぎないと言っているから、気にしなくてもいいのだろうけれど。

みなさんの経験ではいかがだろうか。たとえば、私が80歳あるいは20歳を実年齢として入力した場合、体年齢はいくつと出るのだろう。ちなみに、このメーカーのホームページを見ると、私の基礎代謝量は実年齢での値より高めで、18-29歳の枠に当てはまるよ。えへん。あるいは、まあいい加減な計測ということだろうか。ううむ。
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by walk41 | 2017-03-30 20:55 | 身体 | Comments(0)

「おもてなし」の源泉

以下は、中学校の生徒会誌に寄せたものです。皆さんはどうお考えになりますか。

……

卒業生を始め在校生の皆さんは高校に進み、やがて社会に参加していきます。その先にある就職については、第三次産業に就く人がおそらく多いでしょう。そこで問われるのが、第三次産業に顕著な対人サービス労働のあり方です。


農林水産業や工業とは異なって、具体的な商品の提供というよりも、顧客のニーズ(需要)に応え、満足や喜びを得てもらうことがより大きな目的である対人サービス労働では、働く人の自発性や創意工夫が対人場面でより求められます。顧客の要望を聞き、それに適した商品を探し、アレンジ、購入へと誘うのです。また、その後をモニターし、改善を図ることも仕事に含まれます。その労働の価値は商品そのものよりむしろ、顧客と商品の間を取り持つ点にあります。


私たちが毎日の生活で出会う、店員さんあるいは市役所の人、さらには学校教職員の仕事もここに含まれます。棚に並ぶ商品、予定されている行政サービス、伝えられるべき教育内容はすでにあるのですが、それらをいかに顧客や市民そして生徒に伝え、できるだけ好意的に受け取ってもらえるように手助けするかが、対人サービス労働の質を決めるのです。


例えば、愛想の悪い店員のいる店には行きたくないでしょうし、笑顔の乏しい教員の授業ではおそらく学びも少ないでしょう。同じ商品でも同じ教科書でも、受け取る側の印象は随分と違いますね。この点で「おもてなし」とも言われる接遇(hospitality)のあり方がいかに決まるのかに、私は強い関心を持っています。


例えば、私は南ドイツに行くことが時々ありますが、鉄道サービスの日本との違いに、毎回驚かされます。先月の経験では、①食堂車にて客席で鉄道スタッフが休憩を取り、その周りには商品でもある飲料ケースが置かれ、客が相席できないかと尋ねても拒否、②サービスコーナーのスタッフが営業終了時間の5分前に帰り支度を始め、訪れた乗客に、仕事はもう終わりだから明日電話してくれと不機嫌に言う、③予定時刻よりも5分早く電車が駅に到着、多くは遅れてくるので珍しいこともあるなと思っていたら、何のアナウンスもなく、予定時刻より早く発車。これらはあくまでも私の経験した限りですが、同様の話をそこに住む人々としても異論には出合いませんから、およそこんな状況かと思われます。それは日本と大きく違うと感じませんか。


ドイツは私の友人や知人がいる大切な国の一つですし、ここでドイツ批判をしたいわけではありません(しかし、鉄道サービスの抜本的な改善は願いたいです)。問いたいのは、同じ人間なのに「おもてなし」の現れ方がなぜ地域や場面で、こんなにも大きく違うのかということです。片や過剰だとも言われる日本の対人サービス労働の源泉は、いったいどこにあるのか、皆さんも考えてみませんか。















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by walk41 | 2017-03-02 15:36 | 身体 | Comments(0)

「赤福を取り出してもらってもいいですか。これは斜めにしない方がいいですから」

国内線のセキュリティチェックにて、「荷物を横に倒してもいいですか」「どうぞ」の次、カバンに赤福が入っているのを見た検査官が、こう言ったのだ。

数多の乗客のものを扱うだろうに、こんなセリフがさっと出てくるあたり、観察力とその結果を表現するコミュニケーション力に秀でているなあと感心する。気遣い、丁寧さといった身体表現がいかに発現したりしなかったりするのか、とても興味深く思う。

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by walk41 | 2017-02-28 12:48 | 身体 | Comments(0)

席を替える

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南西ドイツのこの学校では、生徒に応じた学習を促すことを眼目の一つにしていますが、写真のような標語が机に貼り付けられているのを見ました。「(勉強に)集中できない時は、進んで座っている席を換えます」

教室いっぱいに机が置かれているようでは無理な話ですが、そのことを含めて、よりそれぞれが学習を進めやすい環境に心を砕くことが大切ではないと思わされます。

別のクラスでは、「(言われなくても)自分で勉強を進められる」と教員から認められた生徒は、教室から出て、もう一人のクラスメイトと廊下に置かれた机に向かっていました。いつも教員の所作に注目しなければならないような場では、進む勉強も阻害されえます。主体的であるとか自律性を持つというのは難しいテーマの一つですが、少なくともチャレンジしてみること、そんな勇気が必要ではないでしょうか。

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by walk41 | 2017-02-17 13:55 | 身体 | Comments(0)

足でやるなんて…

「車のトランク、足でも開きます 両手ふさがっても大丈夫」(朝日新聞、20170208)を、楽しく読んだ。

子どもを抱えていたり、荷物で両手が塞がっているときに、クルマのトランクを開けるのはやっかいだろう。そんな困りに、車体後ろのバンパー下にセンサーを搭載、鍵を持っていれば、足を差し出すと数秒後にトランクが開くのだという。すごいなあ。

子どもの頃、そんなことを足でやってはいけません、と親や大人からたしなめられたことはないだろうか。たとえば、冷蔵庫の野菜室や冷凍室の開閉、扇風機のスイッチ。手が塞がっていて足でやったら、叱られたことが。もちろん、本を足でどけるなど論外だ。

これらから、足を用いるのは、対象を自分より低位に見ていることの現れと捉える考え方がわかる。「足蹴にする」という言い方もそうだ。対象を軽んじていることの意味なのだから。

けれど、面白いことに、サッカーほか足を使ったスポーツに、少なくない人は興じる。決して、蹴られるボールを軽んじている訳ではなく、サッカーボールが優勝のシンボルになったり、それに口づけする選手もいるほどである。

足に対してどのような意味づけやイメージを抱くのか。それは、すぐれて相対的な文脈に置くことができるのだろう。だとするならば、問題は足だけでなく、手や肩、腹や胸といった部位も同様だろう。なぜかはわからないけれど、同じからだなのに、部位によって時に矛盾する意味を与えられながら、それぞれが並立しているということを、とても興味深く思う。
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by walk41 | 2017-02-08 06:48 | 身体 | Comments(0)

低位に座らせる暴力

 …学校の説明によると、女性教諭は1月27日午後、「委員会活動時の態度が悪かった」との理由で視聴覚室の床に3年生12人を座らせ、口頭で注意した。その際、男子生徒2人が「声を出して笑った」と激高。サンダルを履いた足の裏で、2人の肩付近を2回ずつ蹴った後、顔や頭を5回ずつ平手でたたいた。当時、室内には別の教員2人もいたが、止めなかったという。
 女性教諭はその後、3年の学年主任の男性教諭らを視聴覚室に呼び、事情を説明。男性教諭は県立高の推薦入試を受験する生徒に「そんなやつが推薦を受ける資格があるのか」と発言した。生徒から「推薦入試が受けられないのでは」と打ち明けられた保護者が同30日に学校に連絡し、男性教諭の発言が発覚した。
 学校が事情を聴いたところ、女性教諭は「かっとなった」と説明。暴力を止めなかった教諭2人は「あっけにとられた。まずいと思ったら(暴力が)終わっていた」と話しているという。(読売新聞、20170207)

この報道の通りだとすれば、今どきすごいなあ、こんな学校があるんやと驚かされる。

この女性教諭が桁違いなのはもちろんだが、「あっけにとられた」と話している同僚も疑問だ。「2人の肩付近を2回ずつ蹴った後、顔や頭を5回ずつ平手でたたいた」のに要する時間は、数秒ではあるまい。黙認したと取られてもやむを得ないと思う。

この中でも注目すべきは、注意をする際に床に座らせたという行である。座らせると、目線は自分より低くなるので、自分が「上から目線」になれる。また、一般に床は不潔なものと考えられているから、そこに膝をつかせるということは、汚いところに身体を置かせても構わない相手と見なしていることの現れである。時代劇「大岡越前」でも、容疑者は砂利の上に座らせられ、下から見上げる格好で奉行に申し立てをするのだ。

教員-生徒関係を背景に、有無を言わせず床に座らせるという行為は、すでに暴力的である。この先に、服を指定する、名前を呼び捨てにする(さらには番号で呼ぶ)、と続けば、すでに監獄めいてくるのがわかるだろう。

こうしたことが、おそらく普通の中学校で日常的に行われているということ、権力はどこにでも存在すること(M.フーコー)を忘れてはいけない。政治家や官僚の傲慢さや汚職を批判すればこと済んだ、とはならないのである。
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by walk41 | 2017-02-07 13:17 | 身体 | Comments(0)



教育学の一分野、学校とその経営について考えます。
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