学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und ihrer Mitglieder

カテゴリ:ドイツのこと( 511 )

「サービス砂漠」以前 Vor der Stufe der "Service Wueste"

ドイツでの人の働き方について言い出せば、ごく限られた経験の限り、そのおおらかさ、いい加減さに、時として言葉を失います。

先日やりとりをしたある契約書について、こちらのサインをして先方に送り、先方のサインがされた書類をこちらで持っていることを踏まえて、連絡をとったのですが、「まずサインをしてください」と返信が来ました。いや、サインは済ませているし、何よりもそちらのサインもしっかり受け取っていると、契約書の写真を撮って添付メールで送りましたが、それに対して3日間が過ぎても返事が来ません。この事態をどう理解すればよいのでしょうか。

相手に何かを言うのならば、確たる事実を元にしてと思うのですが、どうもこのルールが適用されずに、いわば「言ったもの勝ち」の趣きがあるように感じます。相手が言わなくてもその意を汲み取って、忖度という日本語もありますが、これとは真逆の、相手が言っているのに、その意を受け止めずにやり過ごしてしまう、という辺りでしょう。

このように、黙っていてはもちろん駄目だし、主張しても通じないかもしれない、という前提であってこそ、コミュニケーションに臨む姿勢と能力が身につくのではないでしょうか。この点で、社会構成主義で説明される「英語を話せるようになるには、英語を話せなければ生きていけない環境に身を置くこと」というのは説得的です。広くコミュニケーションも同様、「わかっているはずのことなのに相手に通じていない。こちらとしては意を尽くして伝えているのに了解されない環境に身を置くこと」で、コミュニケーション能力が得られると見るべきでしょう。

また、こうも思います。ドイツ人の友人ともよく揶揄話をしますが、上のような問題はドイツでのサービス水準の低さ(おもてなし精神の不十分さ)ではなく、正確さの不十分さにある。つまり、「サービス砂漠」といったレベルの話ではなく、サービス以前の問題として見るべきではないか。電車の時刻の不正確さ、買い物の際の計算間違い、統計的数値の不一致、商品発送日時のずれ、契約事項の不履行、公衆電話、エレベータ、エスカレータといった壊れている社会的インフラ―これらを「正確であることに対する要求水準(期待水準)」(das Erwartungsniveau der Genauigkeit)の問題と捉えると、事実がより説明できるように感じるのです。





by walk41 | 2019-03-09 12:43 | ドイツのこと | Comments(0)

加熱するカーニバル vorgeheizter Fasching

b0250023_10475157.png

ドイツでは早ければ1月末から、3月上旬まで、地域的には南ドイツから中央ドイツのケルンあたりまで、いわゆるカーニバル(謝肉祭)が盛んで、近年いっそう加熱しているようにも思われます。

写真は、南西ドイツに位置するバーデン=ヴュルテンベルク州の消費者省(Verbraucherminsterium)が、2019.2.25付(https://www.baden-wuerttemberg.de/de/service/presse/)で、カーニバルに関わるコスチューム、化粧、おやつのドーナツに至るまで、その安全性を精査し、喜ばしいことに、問題のある疑わしき商品はわずかに留まったことを報じています。

あわせて、消費者が注意すべきヒントとして、コスチュームは肌に直接身につけないこと。中国産の製品には使用が禁じられているRhodamin B(CI 45170)を含むものがあり、化粧の際は、光沢を放つピンクは避けるべきことを伝えています。なお、化学・獣医学的研究セクションの検査で、ドーナツは微生物レベルまで問題のないことも述べられています。それだけ、カーニバルが一般化しているとも言えますね。

ちなみに、謝肉祭はドイツ語で、標準語的にはder Fasching, 南ドイツの方言的にはdas Fasnet, あるいは die Fasnacht, とそれぞれの名詞の性(der Artikel)が、順に男性、中性、女性と異なります。知らなくても特に困りませんが、真面目に覚えようとする人にはやっかいなことです。der Karneval という単語もありますし。



by walk41 | 2019-03-03 11:14 | ドイツのこと | Comments(0)

オペアは留学ではない Au pair ist kein Studium im Ausland.

b0250023_12432643.png


日本のドイツ大使館が発するニュースに、「オペア留学」と銘打って、オペア(au pair, ベビーシッター)をしてドイツに暮らそうと喧伝する記事が掲載されている。http://young-germany.jp/2019/02/au-pair-20/?fbclid=IwAR1o069tB3qql0CJAx9ns19iyLoPSjX4Uj5Q44tBZxXG3dxfxTnvBe48dYA ドイツに限らず、アメリカ合州国でもこのルートがあるようだ。

言葉は世につれだから、小姑的な物言いもいかがなものかとは思うけれど、オペアは決して留学ではない。ドイツで言うMini-Job(小さな仕事),小遣い稼ぎの低所得の仕事で、かつ勉学をすることでもない。写真は、ベビーシッターや子守を捜すホームページ(https://www.betreut.de/)だが、ためしにデュッセルドルフで見ると、最低賃金は1時間あたり9.89ユーロ、1200円少しである。週あたりたとえば、20時間これをすれば週休24000円、一ヶ月で10万円程度。住み込みで部屋代が要らないというならば前提は変わってくるが、ドイツで暮らすにはまず足りない金額だろう。

また、①小さな子ども相手では大人の考える語学の力が付くはずがない。②もちろん、雇い主である保護者は子どもの面倒を見てもらうためにオペアを求めるのだから、その相手を喜んでするはずもない。「雇い主を通じてドイツのことを学ぶ」など夢想である。③さらに、雇い主が不在の時間でかつ子どもが起きている時間に子守の需要があるのだから、昼間や夕方の早い時間に子どもの相手をしなければならない、つまり、勉強に好都合な時間をそれになかなか充てられない。

こうした状況がおおよそ予想できるのに、留学と称するとは詐欺に近い。斡旋をする会社もあるようだ。勉強とまったく遠いところにあるのが、ベビーシッターや子守と知るべきだろう。また、こうしたことを知ってか知らずか、自身のHPを使ってオペアを促す日本のドイツ大使館の姿勢は、まったく褒められたものではない。

働くなら言葉のわかる日本で(言うまでもなく、ことばは自身を守る武器でもある)、ドイツやドイツ語の勉強をしたいのならば、そのためにドイツへ、といずれかに決めなければならない。

by walk41 | 2019-02-27 13:02 | ドイツのこと | Comments(0)

臨機応変なこともあり DB könnte flexibel sein

b0250023_11102719.jpeg


ドイツ鉄道、ICEの車内表示です。大抵そうであるように予定より遅れて着くこのICEの乗客のために、フランスから来たミュンヘン行きのTGVが発車を6分遅らせて待っている(wartet)と案内していました。私の経験の限り、こうした柔軟な対応は初めてのことです。

実は、私がこの乗り継ぎをつもりしており、助かりました。とはいえ、車中で「間に合わないなあ」とイライラと落胆、「あっ、待ってくれてるんだ」と希望の光が差し、そして、駅に着くと同時に重い荷物を持って駆け出し、と精神衛生上いいことは何もありません。電車の接続があっても、心配することなくまあ大丈夫だろうと安心できる状態が何と豊かなことか、とつくづく思わされます。

by walk41 | 2019-02-27 11:25 | ドイツのこと | Comments(0)

教員不足の責任はどこに Woran steht die Verantwortung fuer den Lehrermangel?

b0250023_10343830.jpeg

Stuttgarter Zeitung 2019.02.22  Renate Allgöwer執筆

https://www.stuttgarter-zeitung.de/inhalt.lehrermangel-an-grundschulen-ministerinnen-beschuldigen-sich-gegenseitig.0bd2d63a-85e3-4977-b75b-6551756e5271.html より(写真も)。


基礎学校における教員不足-文部省と学術省が互いに責任転嫁

基礎学校教職課程の学生のたった半分しか、学校教員にならない。文部大臣Eisenmannと学術大臣Bauerは、互いにその責任を押しつけ合っている。


基礎学校での教員不足の問題は、文部大臣Eisenman(キリスト教民主同盟)と学術大臣Bauer(緑の党)の間で大きな違いをもたらしている。Eisenmannは最近、基礎学校教職課程の45%の学生が教職に就いていないことを追跡した。文部省は教職課程を所管する学術省に対して、教育大学と協力して「教職課程を去る学生の割合を減らすための共同の方策を進めること」を求めている。


学術大臣Bauerは、これを非難だと返信している。Eisenmannに宛てた書簡の中で「敬愛なる大臣殿」と記していることを彼女は「受け入れられるものではない」だろう。Bauerは「大学での学修を終えた教職志望者が教員養成の第二段階(榊原注、大学卒業後、州が定める16-24ヶ月の準備勤務Vorbereitungsdienstを過ごす期間のこと。この後の第二次国家試験(州試験)に合格することで教員資格を得る。)において失われてしまうことが問題の本質である」と述べ、これは試補教員期間(Referendariat)の問題すなわち文部省の責任だとする。


教職課程を去る割合は高くない

Eisenmanの言い方では教職課程を去る学生について「誤った印象を与える」。他の分野を学修する学生と教職課程を学修する学生との違いはなく、20%少しの「他の分野を志望する」学生がいる程度だとする。このことをBauerは数値を挙げて示している。2007年から2017年の教職課程の入学者と卒業者を挙げて、当時の基礎-基幹学校の教職課程について卒業率の平均は78.1%であると述べる。


Bauerにとって、「未来の教員は、試補教員になる以前もしくはその後に辞めるのが圧倒的というのが結論である。」学術大臣は大学を終える3月と試補教員として始まる翌年21日の待機時期の間に、他の職業志望が生じている可能性がある。学術大臣は視点を変えて、内閣の同僚である文部大臣Eisenmannに記している。「我々の内閣は従来の耐えられないほど長い待機期間について指摘していた。これを早急に適性化できるものと私は思う。」


これに対して文部大臣Eisenmannは、学術大臣に対して非難することは決してないと強調している。


大学を所掌する学術省と教員への準備勤務(試補教員期間)を所掌する文部省の間の葛藤、学術省は大学卒業と準備勤務が時期的に整合していないことを問題にするのに対して、文部省は教職課程を途中で去る学生の多さを問題にしている。いずれが理由であれ、予定している教員有資格者が輩出されず、現在とくに基礎学校での教員不足が生じている。


この状況を、日本の教員養成・採用の仕掛けを知る立場から眺めれば、「開放制」として、つまり教職課程認定制度を通じて「緩やかな入り口管理」を行っていれば、多くの教員有資格者を輩出する可能性が高まる。にもかかわらず、ドイツのバーデン=ヴュルテンベルク州の場合、教育大学での基礎学校教員の養成、そして引き続き「撤回可能な官吏」としての準備勤務を行う方法、つまり、より閉鎖的に教員を育成しているために、教員需要が高い時期には教員不足が、また同需要が低い時期には「教員失業」(Lehrerarbeitslosigkeit)が、いっそう顕著となる。


教員有資格者を多く輩出、プールすることで、安定的な教員確保を目指すか、それとも、教員有資格者をより限定して、変動する教員需要との不整合をやむなしとするか、が焦点であり、このことが、教員の専門職性、教員免許制度、大学での教職課程のあり方に連なっている。


たとえば、入職時の「水準」を高く想定しなければ、より教員になりやすい制度設計が可能だが、「専門職としての教職」という社会的承認の水準と葛藤しないか。あるいは、教職の国家試験(州試験)への合格率を上げるには、大学卒業率を下げる(容易に大学を卒業できない)ことも重要だが、「大学卒」に対する常識とズレは生じないか。理念の設定、制度化、そして実際的な運用や具体化の各レベルで、「望ましい」教員の育て方、育ち方が問われる。


by walk41 | 2019-02-24 10:35 | ドイツのこと | Comments(0)

飛行機から投下された爆弾 Fliegerbombe

b0250023_09132505.jpeg

Stuttgarter Zeitung 2019.02.18 記事より。

第二次世界対戦時に投下された250kg爆弾が、ニュルンベルクの工事現場で発見された。無力化が不可能と判断されたため、爆破されることとなり、付近の住民およそ6000人が避難、近隣の小学校や体育館も住民の受け入れの準備に追われた。また、上空1000mまでの飛行も禁止された。

幸いに無事、爆発させることができたが、2012年8月にはミュンヘンで見つかった爆弾はうまく処理が出来ず、建物の全焼、破損という事態を招いたケースもある。

戦後70年以上が経つ現在も、戦争中の禍に巻き込まれかねないとは何ということだろうか。戦争の愚かさをまた感じさせられる事例だろう。



by walk41 | 2019-02-20 09:21 | ドイツのこと | Comments(0)

Gemeinschaft 再論 wieder um die Bedeutung der Gemeinschaft

ドイツ語のGemeinschaft という言葉、1887年にテンニエスが著した論文により、Gesellschaft(制度や契約によるつながり)と対比されることから、(血縁や信条・情感によるつながりとしての)「共同体」や「運命共同体」と訳されやすいが、現代のドイツ語を見る限り、必ずしもそうは言えないことが分かる。

たとえば、
Gemeinschaftsküche →共同キッチン
Gemeinschaftsdusche→共同シャワー
Gemeinschaftsbad→公衆浴場
Gemeinschaftszimmer→共同部屋
Gemeinschaftsauto→カーシェアリング

これらの最大公約数は、分け合って使うこと、という辺りだろうか。そこでは、人間の間の凝集性、つまり基準やルールが、高いものとは即言えない。共同キッチンで調理されるものは個々の好みに依り、満たすべき共同とは、調理器具の使い方、片付け方、占有時間の制限などに限られる。「みんなが同じものを食べる」や「役割を分担して調理をする」、あるいは「一緒に食事をとる」ことまでを求めるものではない。

こう考えると、「協同的」「協働的」「共同的」な学校や学習といった日本語表現についても、再考すべきことが導ける。児童・生徒それぞれの能力を高めるための教育や学習は、まず個々に応じた内容と方法を出発点とし、これに適うことを前提に「二人以上での関わり」が問われる。だから、仮に協同、協働、共同的な学びとしても、これが即、学級全体や小学校で多用される班を単位にする訳ではない。個々の学習ペースやリズムにより適うのは、どちらかと言えば二人や三人の少人数であり、多くの人数は却って阻害要因になりうる。もっとも、個々の学習だけでは何なので、ときどきは「ご近所づきあい」の集いも設けましょう、ということであれば、自分の学習の進捗を報告しあう、といった場の想定は可能だ。

ところが、共同うんぬんと言えば、「クラスを(あるいは4人を)単位に」、「教員の指示で一斉に始め、終わる」、もっぱら「話し合い活動」というように発想が限られる、偏るのはいったいどうしたことだろうか。これらはまるで「クラスの目標をみんなで達成する」という全体主義の末端として位置づけられているかのようである。すでにわかっているのに先に進めず待たされる、あるいは、自分はまだ達していないのに置いてけぼりにされる、何より、教員主導の「やらされ」「やらせ」が起こる状況を、望ましい姿と認める訳にはいかない。



by walk41 | 2019-02-17 12:12 | ドイツのこと | Comments(0)

優れもののビン回収装置

b0250023_20321829.jpeg

ドイツでは、ペットボトルがたとえば25セントのデポジットになっているほか、これは日本も同様ですが、ビール瓶にも値をつけて回収を促しています。

その際、ビールケースまるまるでも、ビンを回収できるようになっているのですが、写真のように回収装置がビンをそれぞれ認識し、かつ対象外のビン(ドイツ国内で売られたものではない等)は取り除くように指示を出します。この場合、回収しないビンは赤色で示され、ケース上の位置も正確です。そして、ビンの本数を数え終えると、現金化できるクーポンがプリントアウトされるのです。

こうした仕掛け通じてゴミを減らす試みは、日本も見習うことができるのではないでしょうか。缶ビールの値段のうち、ビール以外に一体いくら私たちは払っているのか、改めて確かめるべきでしょう。


by walk41 | 2019-02-13 20:57 | ドイツのこと | Comments(0)

男女だけではない nicht nur Männer und Frauen

b0250023_07080433.jpeg

ドイツに本社を置くある会社の、利用者に対するアンケート項目の一つです。性別を尋ねる箇所ですが、お分かりになるでしょうか。上から順に、回答者が女性、男性、そして「多様な」のいずれかを選べるようになっているのです。なお、その下の四角には生年を記入します。文字通り、多様な性の存在を踏まえた設定になっていることがわかります。


by walk41 | 2019-02-11 07:17 | ドイツのこと | Comments(0)

衛生観念 Reizwelle der Hygiene

b0250023_04113152.jpeg

ドイツの空港の手荷物受取カウンターにて。外国からの便なので、おそらくドイツ在住の人たちでしょう。小さな子どもを床に座らせたり、さらには這っていても止めない保護者の様子に驚かされます。「(汚いから)止めなさい」と抱き上げるのが「日本的」な感覚かと思われるので。

ちょっと飛躍しますが、ドイツの暮らしの一場面と言っていいでしょう、土足で家の中に入っていく様にはいつも閉口です。もちろん、そうはしていないお家もたくさんあるのですが。こうして、小さい頃から色々な免疫ができるという良さもあるのかもしれません。

Das Foto zeigt eine Szene im Flughafen, wo Gepäckausgabe aus Ausländern abgeholt werden soll. Kleines Kind sitzt direkt auf dem Boden und sogar kriechtdort zu sehen ist wahrscheinlich für Japaner ein Schock. Zusätzlich ist das auch eine Überraschung, wenn man ins Wohnzimmer mit der Schule für draußen eintritt. Naja, das wirkt vielleicht besser für Immne System.


by walk41 | 2019-02-10 04:59 | ドイツのこと | Comments(0)



榊原禎宏のブログ(Yoshihiro Sakakibara Blog) 教育学の一分野、学校とその経営について考えます(um die Schule und ihre Verwaltung und Management)
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
よなすさんへ コメ..
by walk41 at 09:40
さかきばら先生こんにちは..
by よなす at 03:01
よなすさんへ、コメントを..
by walk41 at 18:37
いつも興味深く拝読してい..
by よなす at 00:02
はじめまして、香菜子とい..
by 無力な教育者香菜子先生 at 13:53
お久しぶりです。お元気で..
by walk41 at 18:20
こんにちは。全くその通り..
by じゅくせんまさや at 15:08
「教え子を戦場に送るな」..
by Koji at 12:50
じゅくせんまさやさま、 ..
by walk41 at 05:02
いつも楽しみに拝読してい..
by じゅくせんまさや at 19:06
メモ帳
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
23.7時間と27時間の謎 ..
at 2019-03-19 16:48
すみません Entschul..
at 2019-03-18 14:53
サルサソース die Salsa
at 2019-03-17 15:51
喜びで泣ける仕事 Beruf..
at 2019-03-16 09:08
「らしい」という表現
at 2019-03-15 12:44
マニュアルの適切さ Ange..
at 2019-03-14 12:14
困る合言葉 unangene..
at 2019-03-14 11:58
福島 Fukushima
at 2019-03-13 14:38
微妙? komisch?
at 2019-03-11 14:17
すべては国家のために al..
at 2019-03-10 18:42
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧