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学校・教職員の現在と近未来 Gegenwart und nähere Zukunft der Schule und ihrer Mitglieder

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思考のストレッチ

拙ブログにいただいたコメントを読んで、「こんな風に教員研修を位置づければ、すっきりするなあ」と感じたのだ。

学校でおしなべて多忙を極める皆さんは、どうしても目の前のことに追われがちなため、視野が限られ、思考停止的になりがち。

これに対して、学校を離れた研修では、視野を広げ(メタ的に眺め)、思考を柔らかく(囚われがちな思考から離れ、また思考そのものからも離れ)することを目指す、つまり、思考のストレッチが大切になる。

そのためには、研修のテーマは、学校の日常とはちょっと違った視点から立てること、研修の時間は、より寛いだ、発想の出やすい、また既存の発想から離れやすい雰囲気を醸し出すこと、学校的なルールをできるだけ排除すること(改まった服装や呼称など)、そしてこうした研修を担える講師を発掘、育成すること、が求められる。

学校を離れた研修は、学校的なものの見方とそれに基づく行動を見つめ直し、それを相対化し、違う見方と行動を導くきっかけにならなければ意味がない。そのためには、特定の思考と行動でかっちりと固まっている教職員をほぐし、伸ばし、柔らかくなって学校に返ってもらえるように準備、実施されなければならない。

さて、全国の教育研究所や教育センターのみなさん、そういうつもりの研修を設計、実施、評価なさっていますか。
by walk41 | 2012-06-22 08:30 | 研修のこと | Comments(0)

くつろいでいます

ねこフリークのみなさま、こんばんは。

拙宅のもなか、です。昔はカメラを向けると一目散に逃げていたのに、ご覧下さい、この気にしなさ(というか、ほとんど寝ている)。

ねこ脚フェチの方むけにと撮りました。相変わらずのねこバカぶり、ご容赦のほどを。

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by walk41 | 2012-06-21 23:40 | ねこのこと | Comments(0)

匂い

指導主事お二人と昼食をご一緒した。

話しながらふと気づくと、二人ともすでに食べ終えられている。早いですね、と振ると、いやあ、いつもこんな感じで。(私と一緒なので)ゆっくりと食べたつもりなんですが、と答えられた。ひやあ、もっと早いのかあ。

食べるのが早いとは教員の特技かもしれない。だって、そのあと、クラスの子どもたちの様子を、時にちょっとした仕事をしながら、目をきょろきょろして、耳をダンボにして、一所懸命にアンテナを張っているのだから。

うちお一人は、昨年お会いした際に、「生徒は匂いで教員を嗅ぎ分ける」と言われた方だが、今回も楽しく話ができた。言葉にならないけれど、子どもをつかまえようとする際、感じると言う方が、教師の子ども理解、あるいは子どもの教師理解においては、正確なのかもしれない。

共通理解のはかる上で(一致団結した指導のために)、言語化を、見える化を、測る化をとも言われるけれど、おそらくそうした試みは失敗に終わる。言葉や客観的な表現に変換しようとすると、どうも自分がつかまえたこととズレてしまうのだ。

「言葉にすれば嘘になる」、どこかの歌謡曲にあったように思うのだけれど、学校という世界もこのことが言えるのではないだろうか。
by walk41 | 2012-06-21 19:49 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)

バレンタインチョコ

授業で、教員と生徒との距離の取り方について議論をした。

かたや、ときに迫ってくる生徒と近づきすぎないように、卒業生を含めて、みんながいるところで生徒と会うように心がけている、という現職教員。大切なポイントかもしれない。

その一方でと、ふと思いついて尋ねた。人気のある先生が生徒からよくもらう、バレンタインチョコ、これは受け取っていますか、と。ある男性教員が答えた。一応はもらわないということになっているのですが、実際には陰でもらっているようです、と。

うーん。片方でみんなにオープンに、もう片方でクローズに。矛盾しているけれど、仕方がないのかなあ。「望ましい生徒との距離」、およそ定式化するのは無理なようだ。

ところで、もらったチョコ、ホワイトデーにはお返しをしているのかしらん。
by walk41 | 2012-06-21 18:27 | 学校教育のあれこれ | Comments(0)

求めるデータは

学校評価に関する研修会、既存のスタイルと大きく違うものを提案して、受講者のみなさんに吟味してもらったつもりだ。

学校外の声が大きくなっても、学校という組織が帯びざるを得ない二つの特性、すなわち、主観的に現実が構成されること、そして、再現性を期待できないその場かぎりということ、は学校評価の際にも必ず踏まえられるべき点だろう。

また、学校の改善につながるためには、学校でなんとかできることに注目すること、だから量的データと質的データ、意識と行為のいずれを、どう求めれば良いかが整理されなければならない。

一方、大半の学校評価は、アンケートで、意識を尋ねて、平均値や肯定的比率を導き出すもの。何を明らかにしたいのか、誰に尋ねれば善いのか、どんな方法で尋ねるのが善いのか、わからないままに「仕方がないからやる」という域を出ない。ここから発想と手法を変えていくことは容易でないが、今回の受講者の皆さんに、ほの明るい可能性を見た。

やりがいのある学校づくりのための評価を。そのためには、上のことに丁寧に向き合うことが大切だと思う。
by walk41 | 2012-06-20 18:20 | 研修のこと | Comments(2)

出席

教頭先生への研修会、自分の番が来るまで、控え室で会場のモニターを見る。

話す講師は、ちょっと高い教卓から離れず、動きも乏しい。受講者は下を向き、ノートに顔を落としたままだ。

短い休憩をはさんで、講師が交代。予めお願いしていたように、四人単位の班を島型につくり、座り直してもらう。が、ほぼ無言状態。無理もない、朝からこんな時間になるまで、隣の人と自己紹介すらないままに研修が進んで来たのだから。

だから、初めに班長さん決め、次に自己紹介、私の担当部分についての抱負、からスタート。スライドをめくる中で、班の中で話し合い、その後にいくつかの班から全体への発表、と進めた。このなかで、私も会場を回り、皆さんの様子をうかがい、適当に会話に加わることもてきる。いっそう受講者の理解や姿勢もわかる。

明日も続く講座、帰り道にたまたま受講者の教頭先生と駅まで歩いた。

「こんな長い講座、大変やなあと思って来たんですけれど、先生の時間になってから話ができてほっとして、これなら明日も楽しくできそうです」

手前味噌が過ぎるけれど、受講者が満足できなければ学ぶことはできない、を示しているのではないだろうか。出席ではなく参加、これを促す研修の企画と実践を。
by walk41 | 2012-06-20 07:06 | 研修のこと | Comments(0)

NHは遠くになりにけり

久しぶりに関西国際空港に来て、気づいた。ANAは文字どおりANAと表示されているんや、って。

ANAのスタートは、日本ヘリコプター輸送、NH。ヘリコプター二機から始まったことを忘れないように、NH何便とずっと表示されてきたが、さすがに分からないと変更されたのだろうか。ちょっと寂しい。

とまれ、ミッションをも示すロゴ、変わらずカッコいい航空会社でいてほしい。
by walk41 | 2012-06-19 10:32 | Comments(0)

まだまだ緊張は解けず

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ねこフリークのみなさま、おはようございます。

今朝のMilkyです。パーソナルスペースというのでしょうか。あまり近づくと向こうに行ってしまいます。カメラを向けても、「なんやねん」という感じでしょうか。

よく食べているし、元気だし、まあこれでいいのですが。
by walk41 | 2012-06-19 06:45 | ねこのこと | Comments(2)

いただく

NHKのクローズアップ現代、大飯原発の再稼働をめぐって細野原発担当大臣が登場。

鬼の首を取るようで申し訳ないけれど、「被爆していただいた方々には」と同大臣。変な丁寧語も極まれり、というところか。

言うまでもなく、被爆は「していただく」ものではない。「被爆された」「被爆なさった」という辺りだろう。

と同時に、より個人的意見だが、番組の後半、「熱中症で亡くなる危険のある…」という言葉にも、がっかりした。未来のことはあくまでも想像の域を出ないけれど、それでも、福島原発事故を踏まえた再稼働を必要と論じる際の例がこれとは…。

とまれ、今後の「想定外」の事態においても、津波に遭っていただかねばならず、被爆をしていただかなければならないようだ。
by walk41 | 2012-06-18 21:35 | ことばのこと | Comments(0)

手短

いつぞやも書いたことがある、「差別用語」問題。

改めて思い出したので、皆さんにうかがいたい。

手短(てみじか)は差別的という非難があるが、やはりおかしいと思う。

そもそも、この言葉は決して否定的に遣われてはいない。「手短に言えば」と価値中立である。むしろ、「手短に申しましょう」と聞き手が喜ぶ肯定的な場合もある。

また、この言葉を避けて安易な言い換えをすると、不正確な表現になりかねない。ある研修会で時間が残り少なくなったので「手短に」と話したら、あとで「講師の発言に不穏当なものがあり…」と付け足された。担当の指導主事に尋ねると、「コンパクトに、と話して下さい」と言う。でも、ちょっと違う。コンパクトは中身がぎっしり詰まっているさま、簡潔とは異なる。

そして、最大の問題が、権威に弱い人間を生み出しかねないことだ。「なんかわからんけど、遣ったらあかんねんて」と、自分でものを考えない、従順であることに価値を与える。全体主義に与するものた。

こんな言葉尻にとらわれず(尻に失礼?)、「みんな平等」と言って、多様な対応をしないことの問題を指摘すべきだ。これこそ差別的だろう。

手短、手が伸びる、手が尽きた、手招きする、追手をかわす、いずれも結構、祖先が紡ぎだした、大切なからだことばである。
by walk41 | 2012-06-18 09:23 | ことばのこと | Comments(0)



榊原禎宏のブログ(Yoshihiro Sakakibara Blog) 教育学の一分野、学校とその経営について考えます(um die Schule und ihre Verwaltung und Management)
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